太陽光発電を活用すればかなりの節約になりますよ!
サッカーボールって自転車用の空気入れじゃ空気入らないの?。
サッカーボールを買いました。空気入れも一緒に買ったんですが、自転車用の空気入れでは空気は入らないんでしょうか?。ちなみに、ボールにボール用空気入れの先端部分が付属品として入っていたんですが、これって何に使うんでしょう....
湿った空気と乾いた空気
湿った空気と乾いた空気同じ体積のもとで比べると分子量から湿った空気(H2O)の方が軽いですよねでななぜ空気が湿ってくると気圧は下がるのでしょうか?私なりには空気が湿ると乾いた状態より軽....
ボールの空気の抜き方。
サッカーボールのお手入れ方法で、「使用後は空気を抜く」っていうのがあるのですがどうやって抜くのですか?無理矢理つぶして、ボールの小さな空気穴から空気が抜けるとは思えないのですが。基本的なことですみません。....
★智恵コイン500枚★寒いですが、車の運転前の暖機ってしてますか??
★智恵コイン500枚★寒いですが、車の運転前の暖機ってしてますか??もし運転前に暖機している方は何分位しているか教えてください。暖機しないって方はしない理由も教えてください!
結納での彼の行動
結納での彼の行動あと数ヶ月で結婚を控えているものです。先日結納を交わしたのですが、その際の彼の行動が許せず、未だに心に引っかかっています。まず、結納に30分も遅刻してきました。理由を聞くと、「鼻血が止まらなかったから止まるまで待っていた」との事・・・。結局、用意していた軽食や桜茶をクチにできないまま、レストランへ移動することに。年金暮らしの私の親が頑張って予約してくれた、高級レストランでした。そこで彼は、まるで安い居酒屋にでもいるかのように、一本何万もする高級ワインをガブガブと飲みつづけました。お酒が大好きな私の父ですらあまり呑まずに我慢している横で、ソムリエが薦めるままに、メニューも見ないで、高そうなお酒を注文しつづけ・・・。最後に、私が「いいかげんにして!」と止めるまで、結局彼が殆ど1人で飲んだ酒代は、7万近にも上りました・・・。もちろん、私の親がすべて払いました・・・。彼はほとんど貯金がなく、結婚資金もほとんど親に払ってもらいます。毎日、少しでも親に負担をかけないようにと、ドレスも共済で安くすませ、指輪もリサイクルショップで買ったりとやりたいことを全てがまんしているときの行動で本当に頭にきています。がまんできず、電話で喧嘩になってしまいました。彼の空気の読めなさと、金銭感覚のなさが許せません!これはマリッジブルーというものなのでしょうか。
幸田来未の羊水発言に質問があります。この問題について、本人の思慮の浅さが起因...
幸田来未の羊水発言に質問があります。この問題について、本人の思慮の浅さが起因していることについて否定するつもりはありませんが‥今回、騒動の謝罪会見に対して、まだネットの許されないとの意見が多数あるようですが逆に何をしたら許して上げれるのでしょうか?引退でしょうか? 切腹でしょうか?それと、これが大問題になるなら、 「ハゲ」「クソババ」その他も問題になるのではないでしょうか?それとも 「ピー」と消したら問題ではないのでしょうか?政治家の失言もそうですけど、一部を切り取ってのクレームは問題があるのではないかと思います。前後の文脈その場の空気、いろいろ有るでしょう、ましてやオールナイトニッポンの深夜番組ないの発言でしょ?一人の人間を批判するのだから、切り取った活字だけでの揚げ足取りの個人攻撃は問題ありと思います。知識が無い人が、悪気が無く、失礼な事を言ってしまうのは良く有る事です。それを全部ひっくるめて理解してあげる(悪い所があれば、それとなく注意してあげる)のが、大人の対応でしょう。これではイジメです。 皆さんはどう思いますか?
すごく怖かったです、生きることが。
すごく怖かったです、生きることが。父は怒るほうでした。家でよく怒鳴ってました。くだらない子供と言われ続けました。なので自分でもそう思ってました。自分は何をしても駄目な人間なんだと思いました。そして生きることが怖くなりました。社会に出るのが怖くなりました。私のような駄目な人間が生きていけないと。生きていけても、そのようなことを全ての人に言われ続けて生きていくのだと。生きることが怖いと強く思っていたのは小学生の頃です。その後は麻痺していきました。何を言われても涙が出るだけです。何の感情もありません。無表情で泣くことを覚えました。涙を流すことで”無”になれることを知りました。中学校の頃は涙を流すことを日課にし、何も考えないようにしました。そしてもう一つ生きる期限を決めました。30になる前に死のう。そうすることで生きていく恐怖心から逃れることが出来ました。ただ父を嫌いなわけではありませんでした。駄目な子供で申し訳ないと思っていました。そして尊敬していました。父の言うことは全て正しいと思っていました。なので、怖かったのです。現在はもう、数年前には成人し全くそのような状況ではありません。そのような記憶も感情も忘れていたくらいです。しかし、たまに思い出しては、このようなことを書き綴りたくなるのです。そして、今回私が聞きたいことは何が正しいのかということ。正直、なにが正しいのか分かりません。あの頃と今と、全く見る風景が違います。もしかすると、今は麻痺してしまっていてあの頃みていた風景あの頃感じていた”生きる”ということが正しい、真実ではないか、と、時に感じます。あの頃の独特の心音。色味のない冷たい風景。刺さるような空気。これらを忘れてもいいのか、考え込んでしまうのです。メンタルヘルスのカテゴリーを覗かせていただいていると、このような中に生きる人がたくさんおられるような気がします。つまりは、あの頃の私のいた世界が妄想ではなく、実際に存在すると思うのです。きっと、このままいくと私は完全に忘れてしまうかと思います。忘れたほうがいいと思っていました。しかし時には思い出し、胸に刻み付けておくべきだとも思い始めたのです。このようなことを書くのはこれで最後にしたいと思います。どのような回答でもかまいません。感想でも、意見でも、独り言のようなものでも。ほんの一行の言葉でも。今は多くの方の言葉が聞きたいのです